2006年 12月 13日
HIPHOP NEVER DIE :12/9 SPORTS CENTER at 大阪 Unagitani Sunsui |

4年振りの大阪は本当に久しぶりにDJやってて良かったと思えるような、完全燃焼のプレイが出来て、最高の夜でした。
”赤い目のフクロウ”DJ KENSAWをはじめ、DJ SOOMA/JAPONE/FIZEE/ScratchNice/A.KなどドープなDJ陣、最高の復活劇を見せてくれた茂千代、RAP INSIDE WORKERS/COE-LA-CANTH/BAKA DE GUESS等のMC陣、スタッフとして手伝ってくれた出演アーティストのクルーの皆さん、SUNSUIのスタッフ、
そしてなんといっても遊びにきてくれた大阪の皆さんに感謝。
偶然当日の会場では、このブログでも取り上げたデイブ・シャペルの映画「ブロックパーティー」のPRで予告編をプロジェクターで壁に投影していた。
90年代のニューヨークアンダーグラウンドヒップホップばかり延々とプレイされるパーティーと2006年に出会えるとは思いがけない経験だった。しかも大阪で!
かつて、ニューヨークアンダーグラウンドヒップホップのインディーズレーベルが大盛況だった96/97年にニューヨークでスペルバウンドというレーベルをやっていた自分としては、自分もそのムーブメントの一部という意識があってヒップホップに向かっていた。
だけど98年に日本に帰ってきて、なにかニューヨークアンダーグラウンドヒップホップのインディーズアーティスト達を崇拝するというか、勝手なイメージを想像で作り上げてそれを無知なリスナーに押し付けているような構図が一部に垣間見えて以来、日本のシーンに違和感を覚えて妙にしらけてしまい、同じ音楽をきいているのが苦痛でその手のレコードは全て箱にしまってごく最近まで封印してしまっていた。
それからはあえて違う種類の音楽ばかり聴いていた。その結果生まれたのが、ファンクやウェスト/サウスのヒップホップ、R&B、ブレイクビーツなどの一連のミックステープだった。
ニューヨークのヒップホップシーンにどっぷり浸かっていていて出来ていた事を同じように日本でやろうとすると、何か障害物に突き当たるばかりでうまくいかない、同じヒップホップをやっているつもりでも、微妙にまわりと感覚が違うという違和感ばかりが気になって何も出来なくなりかけていた時期、偶然岡本太郎の「今日の芸術」という本が復刻されたのをみつけた。
そこにはフランスで本物のアートに出会って芸術家を志し留学していた岡本太郎が日本に帰国し、日本の芸術家達や画壇、更には日本の社会に感じる違和感、欠如している点について述べている部分があるのだが、それが日本に帰ってきて自分が感じていた事をものの見事に言い表してくれていて、感激したのを覚えている。
その後、川崎の岡本太郎美術館で万博の回顧展を見に行き、それ以来太陽の塔に行く事は今後の課題の一つとなっていた。
DJギグの翌日、KENSAWの地元でついに太陽の塔と初対面。
今回の大阪で久々に聴いた90'sアンダーグラウンドヒップホップは最近のニューヨークリバイバルな風潮とマッチしてなのかカッコ良くきこえた。違和感のようなものを若い彼等は全く感じさせなかった。
人生で偶然は必然的に起こる。

Special Thanks to DJ KENSAW,TOSHI and DJ KOOH.
by black-ark | 2006-12-13 05:06 | MUSIC | Trackback





























